2010/04/06

真に心穏やかな境地

数日前の朝目覚めの瞬間に、ある知人との過去のワンシーンが鮮明に浮かび上がった。

会話をしていた時の状況、その時の自分が抱いた気持ち、相手の気持ちが

まざまざとスクリーンに映し出されてくる。 まさにThird Eyeで観てる感覚だよね。

「大変なんですよ…」「いいんですかねーこれで…」
「さあ、どうなんでしょう…」「よくわかりません…」

断片的に出て来た彼女の言葉が、どういう感情や気持ち、あるいは意思から出て来たのか、

すべてが手に取るようにわかるのです。
言葉の「……」の部分が3Dとなってくる感覚。

エゴでわかった気になるのではなくて、
こころの声、本当に感じている気持ち、が聞こえてくる。

それは彼女から発信されていた大きなサインだったのだ。

あの時、なぜ気がつかなかったのだろう。
もっと話をすればよかった。流さないで…

話をすることで少しでも心の負担が軽くなったかもしれないのに…
何か解決できる糸口を一緒に見いだすことができたかもしれないのに…。

いや、気づいていなかったわけではないんだ。私の「潜在意識」の中に埋もれていたこのシーンへの私の思いや感情が何かのトリガーで顕在化したんだと思う。

気づきってよく言われるけれど、みんな気づいてないわけではないんだ。

気づいても、瞬時に心にふたをしてしまったり、
気がつかないふりをしたり、目をそむける。感じてないふりをする。
そんな自分をごまかしてしまう装置が作動してしまうことが多々あるということ。
過去の経験上、気づいて傷つくのが怖くて、我が身を守ろうと鎧をまとってしまうということ。
…ガンダムのモビールスーツじゃないんだから…。

それは、むしろ砂漠に宝物を隠してしまう行為と同じ、
上辺の防御装置でしかない、と。
心の垢を溜めてしまうことの方が大きいんだよねって、
それすら、私は、私たちはわかっている。

だから、この瞬間から、すべてを感じきってしまおう。
今自分が本当に感じているのは何か、感じきる。
きっと、できるよ。

自分の感じている気持ちを善し悪しで判断せず、
どんなにちっぽけなことで感情を動かしていても、
そんな自分を嫌がらないで…
うーっ、確かに嫌だよね、自分がよもやそんな小さい人間なんだ、なんて認めたくないよね、それでも、あえて、否定もせずに、受けとめていこう。

そして、謙虚になって、感謝の気持ちもたくさん感じられるようになる。

そうすれば、もっともっと大きくなれる。しなやかに強くなれる。

人に対しても、もっともっとやさしくなれる。
周りの人もそこに生まれた自分の
エネルギーの温かさをきっと感じてくれるに違いないよ。

そんなシアワセな瞬間を、たくさん抱きしめていくために。

そして、本当に真に「心穏やかな境地」に近づいていくために、ね。



☆過去、現在、未来は、今この瞬間に。

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